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《佐藤 翔》 #0041 作品を制作をしながら、舞台美術の仕事をしたり、友人の内装の仕事の手伝いをしながら生活している佐藤 翔さんに一問一答しました。

卒業後,美大,芸大,就職,進路,仕事

作品を制作をしながら、舞台美術の仕事をしたり、友人の内装の仕事の手伝いをしながら生活している佐藤 翔さんに一問一答しました。

Q. お名前を教えてください。
A. 佐藤 翔と言います よろしくお願いいたします

Q. 生年月日を教えてください。
A. 平成元年の12月18日です

Q. 出身地はどこですか?
A. 三重県です

Q. 出身学校と学部を教えてください。
A. 多摩美術大学美術学部彫刻学科でした

Q. どのような高校生でしたか?高校生の時何をしていましたか?
A. 志望校に落ちて滑り止めの私立の仏教高校に通ってました あまり学校に行かなかった思い出があります。。。

Q. 浪人生活はどうでしたか?
A. 三重のヒーロー伊藤美術研究所っていう予備校に通ってました。
デッサンとか試験用の対策もしてもらっていましたが 作品を作ったり美術自体の事を教えてもらったり いろんな事させてもらってました

Q. 美術大学を目指すきっかけやできごと、理由等を教えてください。
A. 中学の時に将来の夢を調べて書かされる授業があって その時に友人がなろうともしていないのに「宇宙飛行士」 を調べて書いていて、夢がでっかいってカッコいいなあって単純に思ったのが最初です。そんな中、兄がヒーロー伊藤美術研究所に通って東京芸大に行ったのが普通にカッコ良かったので。。。

Q. 在学中にやっていたこと、考えていたこと、学んだことを教えてください。
A. 大学の実技以外の単位を1年の時にほぼ全てとったので 2〜4年まで色んな場所に顔を出して、展示の機会があれば作品を作って出してました。考えていた事は普通に作家になりたかったですね。それ以外考えれていなさすぎて色んな事が疎かになってた気がします。学んだ事は自分が嫌いな事をいっぱい知る事ができました。そのお陰で色んな選択肢が減った気がします。後は友人とご近所付き合いの大切さですね。

Q. 学部を卒業してからの進路や、今してることを教えてください。
A. 卒業してからは一度千葉でフリーターをしながら制作していました。その後、1人ではなんも出来ない事が分かって、2014年から板橋に大学時代の友人4人で小さな工場を借りて、美術集団「金座」を作り、最初はバイトをしながらそこで作品を作っていました。でも、自分の持病の癲癇がよく出るようになって最近は作品を作ってません。最近はバイトもしながら(汗)舞台美術の仕事をしたり 一緒に借りている友人の内装の仕事の手伝いをしながら生活しています。

     

Q. その職業(仕事)を選んだきっかけを教えてください。
A. ランドアートの作家「ダニ・カラヴァン」の作品が好きで、いつかランドアートを作りたいなあって思っていまして。「ダニ・カラヴァン」の経緯を調べたら 絵を描いて→ 彫刻をして → 壁画をして → 舞台美術をして→ ランドアート みたいな感じだったので 合っているか分からないですが今舞台美術の仕事をしています。 また、今メディアの力なんか分からないですけど動画が最近多すぎて、生まれてからNHK総合しか映らなかった家で育った自分には(東京に来てからもテレビ持ってません)刺激が強すぎるのか、綺麗すぎてなのか、寂しくなっちゃって、、、そんな中 人を使った誤魔かせない制約の多いナマの表現をやってる舞台てものがすごく人間っぽくて好きで。しかもそれを他人に伝える方法が伝聞しかないから、「伝説」って物を作れる表現手段なんだろうなあって思ってるからです。あと、身体のこともあり、1人じゃなんも出来ないのでみんなで作ることの出来るものに憧れがあったカラだと思います。

Q. 今後したいことを教えてください。
A. 折り紙みたいな構造でできる舞台美術を作れる様になって、折りたたんで劇場に持って行って、開いたら舞台ができる様になりたいです。その後それが発展していって、自分の舞台がスペースシャトルに乗って持ってかれて、月とか火星に僕の作った場所が出来たらいいなあと。。。(汗)あと近所に住んでる方が僕の出来ないモノ作りが出来る方が多々いるので、町として?集団を考えて、みんなで出来る物作りをしたいです。それをもっと大きくしたいです。

Q. 在学中にやっておけばよかったと思うことはありますか?
A. 食ってく方法をもう少し考えていて欲しかったです。あと、人が通る導線幅とか 椅子の高さ 机の高さ とかの気持ちの良い基準値をもう少し勉強しといて欲しかった。。。そして強度計算と外国人の友人。

Q. 過去または現在で影響を受けたものはありますか?
A. 父が昔セーリングという競技のオリンピックの選手で、生まれたからにはでっかい事したいなあって思っているのが多分一番大きな影響。
今は、舞台美術作家の ジョセフ・スボボダ(Josef Svoboda)とご近所のお父ちゃんお母ちゃんたちと 舞台で知った 「中野坂上デーモンズの憂鬱」って劇団の松森もへーくんと一緒の工場仲間の稲永 英俊 のモノ作りとかですかねえ。

Q. 気分転換は、どうしていますか?
A. ご近所付きあいでの他愛無い会話と演劇を見に行ったり 映画 音楽 とか?

Q. 衣食住、生活で気をつけている事や、好きな事を教えてください。
A. ちゃんと寝れる時間を作れる様にする事
ちゃんと色んな他愛無い風景でもちゃんと見て構造とかを考えたりする様にしてる事。
近所のお母さん方がたまにくれるケーキとかお酒でみんなで飲む事。

Q. 今行っていることのSNSやURL等ありましたら教えてください。
A. Instagram https://www.instagram.com/hitsujinihane/ hitsujinihane
Twitter @hitsujinihane_s

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ありがとうございました!

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